オンライン資格確認と電子処方箋の導入が全国で本格的に始まろうとしています。
オンライン資格確認は令和3年3月から運用がスタートし電子処方箋は令和4年からの運用が開始予定です。
これによって調剤薬局は以下のメリットを享受できます。
●医療機関・薬局との情報共有が進む
●紙の処方箋のコストが削減できる
●電子お薬手帳との共有がスムーズになる
●限度額認定証等の書類の持参が不要になる
●レセプト払戻が削減
●保険証の入力の手間が削減
●お薬手帳がなくても処方薬が確認できる
細かい所を挙げれば他にもありますが、ざっくり挙げるとするならば以上の事がオンライン資格確認と電子処方箋の導入で実現します。
特に医療機関との情報共有が実現すれば検査値や疾患名を知る事ができ、より密な服薬指導が可能になります。またお薬手帳がなくても薬剤情報が把握できる事で災害時なども役立つでしょう。
個人的にもこの流れは大歓迎ですし、仮にこれらが実現した場合には調剤薬局の在り方自体に劇的な影響を与えると言っても過言ではないと思います。
とまあ良い事があれば悪い事も当然あるわけなのですが、これらを導入するにあたって大きく3つの障害があります。
まず第一に導入コストです。
例えばオンライン資格確認には顔認証付きカードリーダーは無償提供されるそうなんですが、それ以外のソフトフェアや機器の導入には「補助」と言う形になり結局コストがかかってきます。電子処方箋に関するコストも当然かかってきます。
もちろんそれ相応の費用対効果、もしくは医療機関や患者にメリットがあるのであれば多少のコストもやむなしと考える所もあるでしょうが、コロナ禍の病院の4~6月の6割が赤字であり、仮にコロナ禍が関係なくても全国的に病院経営はさらにシビアになることを考えるとどれだけの医療機関が身銭を切って導入に前向きな姿勢を示すでしょうか。
そしてもう1つがマイナンバーカードとの積極的な連携です。
これは主にオンライン資格確認の方ですが保険証がなくても代わりにマイナンバーを提示する事で資格確認が可能になります。おそらく将来的には電子処方箋とも紐付けされるでしょう。
そして改めて言うまでもありませんがマイナンバーカードに諸々情報を付加する事は実際にかなりの反発があります。オンライン資格確認においても「なぜ個人情報を盛り込んでいるマイナンバーカードを持ち歩く事を促す必要があるのか」と言う個人情報の観点や「保険証とマイナンバーカードの情報を一緒くたにするべきではない」との意見もあります。
そして最後は患者側のメリットにも乏しいという事です。
オンライン資格確認は従来通り保険証でも構いませんし、電子処方箋にも結局引換証が必要になるため実質的な手間は変わりません。もちろん日頃オンライン診療や在宅医療の方はメリットを享受する一方で大多数の人は目に見える分かりやすいメリットがありません。
以上デメリットを挙げましたがそれよりも遥かに問題だと思う事があります。
と言うのもはっきり言って上で挙げたデメリットなんて言われなくても想定済みの問題のはずですよね。
では何が問題かと言えば「医療のICT化」の名目で計上された数百億円の予算を本気で医療機関のICT推進のためにあらゆる手段を講じたとはとても思えない政策だということです。
特に納得のいかない事はそんな想定済みの問題を放置してマイナンバーカードの普及・役割を拡充するために医療を利用し、本当の意味での医療情報の共有が二の次になってしまう点です。
それどころか「予算は割いたのに医療機関に受け入れて貰えず頓挫しました」と言わんばかりの政策です。きっと未来はほんの少し変わるだけで大して変わりません。近々のキャッシュレス決済を見ればお察しですよね。
このままだとせっかく莫大な予算を費やしたのに結局オンライン資格確認も電子処方箋も一部の医療機関だけが導入し、費用対効果は散々な結果になる未来しか見えません。
でも思うんです。
コロナ禍に限らず昨今の災害を見れば平時でない時の医療の提供の在り方を根本的に考え直さないといけない時が来ています。
今回コロナ禍においては初回からのオンライン診療が可能になりました。しかし初回からのオンライン診療が可能になった根拠は何一つなく「有事の時だから仕方ない」といったニュアンスが強いでしょう。
これはつまり情報もない安全性が担保されているわけでもない状況での診察を行い、それを受ける調剤薬局も最低限の情報しか手に入らない事が起きていたはずです。また仮に平時であったとしても医療情報の欠落が重大な問題を引き起こすケースなんていくらでも起きています。
いいかげんに医療を受ける側も提供する側もこんな綱渡りを続けるべきではないでしょう。薬剤師が言うとポジショントークと思われるかもしれませんが医療情報の共有は推し進める義務があると思います。
一方で地域での素晴らしい活動が実を結んでいる例もあります。
例えば長崎県が行っている「あじさいネット」では拠点病院を中心としそこからかかりつけの病院や薬局と情報共有を行い画像情報や検査情報、治療内容等を共有するシステムが2004年からスタートし、今では県内全域にまで拡充しています。参考:あじさいネット
また電子処方箋の実証事業に参加した大分県別府市の「ゆけむり医療ネット」も地域の医療機関が取り組んでいる医療連携で、別府市内60施設、30薬局、所属する医療圏の近隣郡市で10施設の医療機関が連携しているそうです。参考:ゆけむり医療ネット
ちなみにあじさいネットの利用料金は月額4000円と年額3000円のウイルス対策ソフトライセンス料となっています。もちろん立ち上げに必要なお金もあったと思いますが国のICT予算が数年億円単位で組まれている事を考えるとあじさいネットは毎年の運営費を考えても遥かに低コストで実現しているでしょう。
かたや1台9万円もするオンライン資格確認のための顔認証付きカードリーダーを22万カ所の医療機関に無料配布する事が決まっています。そんな余裕があるならば地域で進める医療連携に補助した方がずっとましです。
地域でできる事が全国規模で出来ると考えるのは傲慢であり、そこにお金を投入すれば上手くいくなんて絵に描いた餅でしかありません。
もし本気でこれからの医療体制を危惧するのであれば、形だけの医療へのITC予算として税金をドブに捨てるようなこれらの政策には断固として反対します。
特に絶対に反発のでるマイナンバーカード普及の材料に使うことや、全国画一的なシステムを導入する一方で導入は各医療機関の裁量に任せコストも負担させるという中途半端な政策は取りやめるべきですし、何より真の意味での医療の情報共有を切り離して考えるべきでしょう。
個人的にマイナンバーカードにあれこれ情報を盛り込むことに対して過度に反対はしませんが、マイナンバーカードを「魔法のなんでもカード」にするために真の意味での医療情報の共有が出しに使われるなんてことはあってはならないと考えます。