コラム

薬剤師の卒後研修義務化が現実化しそうな件について

 

どうやら薬剤師の卒後研修はほぼ確定で話が進んでいるみたいです。

厚生労働省は20年10月23日、第3回薬剤師の養成および資質向上等に関する検討会を開催し、薬剤師の卒後研修と病院薬剤師業務について議論した。卒後研修について、法制化を求める意見が多数ある一方で、臨床現場へ負担や大学教育内容の見直しを求める意見も挙がった。薬剤師の卒後研修、法的位置付け求める声も

参考:薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会

薬剤師の卒後研修 在学段階から連動させた「法制化」求める声

 

それにしても話が急すぎて驚いています。そもそも「卒後研修」と言う概念は薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会の第1回目からポッと出た話しなのに3回目にはすでに議題として「卒後研修について」と挙げられています。そしてすでに卒後研修の法的な位置づけまで議論されている事を考えると異常としか思えません。ただこの事が異常でもなんでもなく既定路線である可能性は十分に考えられます。

 

そもそもなんですが薬剤師が免許取得後に研修を行って薬剤師としてのスキルを高める事に置いて議論する余地は多くあると思いますが、そんなに悪い事だとは思わない人も多いと思います。

現在薬剤師レジデントはだれでも参加可能なものではありませんし、むしろやる気のある学生がレジデントに落ちる事も考えれば非常に助かる制度です。

ただ個人的にはこの卒後研修が現実的に可能なのか甚だ疑問が残ります。

 

こちらはエムスリーキャリアの記事からの抜粋になりますが

新人教育ならびにレジデントのカリキュラムによる1ヶ月以上の卒後研修を実施する施設は32%の484施設だったが、教育研修が実施できていない施設は68%の1017施設で、約7割が薬剤師の研修を実施していないエムスリーキャリア

とあります。

これは「研修を行う努力を怠っている」のではなく「研修が現実的に行える環境ではない」と考えた方が正しいでしょう。

そして言い方が適正ではないかもしれませんが「薬剤師が卒後研修として高度な医療を学ぶべき」と考えられて進んでいる議論である事から卒後研修においては病院実習よりも受け入れ可能な医療機関は限られてくると思います。

 

これはつまり研修を行うにしても薬剤師国家試験合格者を受け入れるための受け皿が足りない可能性があります。約1万人が合格する国家試験ですが受験者数はその1.5倍くらいいるのでマッチングも大変だと思います。

COML理事長・山口構成員は「一刻も早く研修制度を法的に位置付けるべき」と主張していますが法的に位置付けてもその受け皿が整っていなければどうしようもありません。

結果的に「病院実習と同じ医療機関で研修しましょう。2年間」となったらそれこそ貴重な時間をドブに捨てる様なものです。

 

100歩譲ってこれからの薬剤師の事を考えて主張しているのであればまだ納得はいく人もいると思います。しかしこの卒後研修の本当の狙いは卒後研修終了後にそのまま就職する事を狙ってのことで病院薬剤師の確保の側面が強いです。

何もこれは陰謀論でも妄想でもなく検討会において「卒後研修により病院薬剤師の偏在問題も解消するのではないか」と堂々と議論されている事になります。

最低 2 年ぐらい病院勤務の実習を卒後研修として義務付けることも重要ではないか。その後の薬局等での勤務でその経験が活かせる。薬剤師が地域の病院で勤務するので、薬剤師の偏在問題も解決するのではないか 検討会第 1 回の主な意見より

 

隠すならまだしも議事録が残る場で発言しているのですからどうしようもありません。かたや卒後研修をやるべき理由において「今の卒後の薬剤師に何が足りないか」の議論はほとんどされていません。

 

では仮に卒後研修を行えば病院薬剤師の偏在の解消は現実的なのでしょうか。

これも個人的にはかなり難しいと考えます。

確かに卒後研修を行った医療機関で先輩薬剤師から「一緒に働かないか」と言われれば、そのまま卒後研修の延長戦上で仕事ができますし、一番の問題点である人間関係も把握できます。すると仮に給料が安くても心がなびく人は相当数いると思います。

ただ薬剤師の偏在の解消のための卒後研修を考えるならば卒後研修ができる様な高度な医療を提供している病院はそもそも薬学生からも人気です。給料関係なしに希望する人も多いです。

都道府県別・機能別 100床あたりの常勤換算薬剤師数

 

一方で本当の意味での偏在で困っているのは中小規模の大部分の病院やクリニックになります。地方にはそこそこの病床があっても薬剤師が足りていない・あるいは薬剤師がいない医療機関も少なくありません。

その状態で卒後研修を行って高度医療を行っている病院だけを優遇しても本当の意味での病院の薬剤師不足は絶対に解消される事はありません

むしろ卒後研修を2年も行ってしまったならば、中小の給料の安い病院なんてはっきり言って選択肢から真っ先に外れます。

 

ちなみに薬剤師レジデントを行っている様な医療機関ではレジデントでも最低限の給料は貰えます。例えば

・東京女子医科大学病院薬剤部:月額基本給23.4万円
・国立がん研究センター:1年目24万円、2年目25万円
・千葉大学医学部附属病院薬剤部 日給 約1.2万円

賞与があり交通費支給の福利厚生がある所も多いです。

かたや薬剤師が絶対的に不足している地域でこれより高い給料を提示できない医療機関も多いと思います。つまり給与の面でも人気がある医療機関とそうでない医療機関の格差が広がるだけです。

 

また長期的な薬学生の質にも問題が生じると思います。ツイッターにも書きましたが薬剤師になるには6年間の学費が必要でその後に約2年間の卒後研修があるとするならば、私立大学ならば計約1200万円の学費と8年間の年月が必要になります。これは最悪のケースではなくむしろマシな方で、6年間で薬剤師になれる確率を入れるとさらに悲惨なものになります。

これらを考えるとどうでしょう。

今回の議論に参加している薬剤師側は「卒後研修を行う事で将来的に薬剤師の評価が上がる」と考えていると思いますが、仮に薬剤師の評価が上がって加算が付いたとしても薬剤師の懐事情が明るいかと言えばかなり厳しいと思います。

何より薬剤師への評価がそのまま薬剤師への給料に反映されていない事は今の経営難である病院経営を見れば火を見るよりも明らかです。

すると薬剤師が自立するまで最低8年間かかり年齢にしても20代後半。おまけに学費も莫大な費用がかかります。これが医学部ならば仮に8年かかったとしてもその後の恵まれた給料でペイできると思いますが、薬剤師はこれから先を考えて劇的に給料が増える可能性はありません。

となると普通の優秀な学生は薬学部なんて絶対に選びませんし、人気が落ちる事は必至。人気のない学部の質が向上することはないので将来的に見て薬学部・薬剤師の質は落ちてしまうと考えます。

 

そして卒後研修で高度な薬学的知識を学んだとしても今のポンコツなハードの面を考えればその知識をどれだけ活かしきれるか問題です。

病名も分からない上で処方意図を汲んだり検査値も不明。生産性ゼロの無駄な疑義照会。まずはこれらの整備を優先させる必要があるのではないでしょうか。

 

また個人的には薬学教育と免許取得後の管轄が異なるため本当に必要な事への乖離があるのも当然ですが、まずはそれを埋めるための卒後研修とセットで現状の実務実習の在り方を一から見直す必要があると思います。それらを置いていきなり卒後研修の議論を進めるのは本当に薬剤師のためになるんでしょうか。

卒後研修とは名ばかりで第2回目の病院実務実習とならない事を願います。